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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1031号 判決

控訴人 兼松耕作

被控訴人 リッカーミシン株式会社

右代表者代表取締役 平木信二

右訴訟代理人弁護士 守屋美孝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人が控訴人に対してなした昭和三四年三月三日付の解雇の意思表示は無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張ならびに証拠関係は、次に附加するもののほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

一、控訴人において

(一)  被控訴人主張の解雇事由(1)は、控訴人が被控訴会社に対し、社内の秩序維持と経営の合理化ならびに従業員の労働条件の改善を要請して提出した別紙第一記載の「進言書」を問題とするものであり、しかも、その際生じた業務上の紛議は当時円満に解決ずみである。控訴人はその後昇給し賞与も与えられ、次いで昭和三二年三月姫路支店から加古川支店に転勤した次第で、今更これを解雇事由とすることは不当である。被控訴人主張の解雇事由(2)(3)は、控訴人が加古川支店主任の社則違反その他非行を追及してこれを正そうとしたもので、これに関する業務上の紛議も当時解決ずみである。

(二)  被控訴会社の就業規則によれば懲戒には譴責、減給、解雇の三種が定められているから、かりに、控訴人に懲戒事由があったとしても、情状からみて解雇するのは苛酷な処置である。また、被控訴会社の従業員中には就業規則や服務規定に違反する者が多数あるのに、同人らに対する処分を不問に付し控訴人だけを懲戒することは不公正な処置である。

(三)  控訴人は、被控訴会社の従業員で組織するリッカーミシン株式会社労働組合の組合員で、従業員の労働条件の改善のために組合活動をしてきたものであるが、控訴人に対する本件解雇がなされた前月頃に被控訴会社は従業員の労組加入の有無につき確認調査をなしており、さらに、当時前記労組の支部設置運動が起された直後に、本件解雇がなされたことからみても、右解雇は控訴人の組合活動を理由とする不当労働行為である。

(四)  控訴人は本件解雇を承認したことはない。すなわち、控訴人は右解雇に正当理由がないことを主張して被控訴会社の本件解雇辞令の受領を拒否し、被控訴会社の提供した退職金、解雇予告手当等の受領をも拒否して、昭和三四年三月二〇日神戸地方裁判所姫路支部に対し右解雇の意思表示を停止する旨の仮処分申請をした。しかるに、同年九月控訴人敗訴の判決がなされるや、被控訴会社は控訴人に対し控訴権の放棄を条件として前記退職金等の受領を申出たが、控訴人がこれを拒絶したところ、同年九月一五日被控訴会社からその主張の退職金等合計金九六、二〇〇円を送付してきたので、控訴人は当時生活に困窮していたため、あくまで本件解雇を争う意思のあることを留保し将来被控訴会社から支払われるべき給料と決済する趣旨であることを明示してこれを受領したものである。

したがって、控訴人が右退職金等を受領したからといって本件解雇を承認したことにはならない、と述べた。

二、被控訴人において

被控訴会社は控訴人にその主張の解雇事由(1)の行為があったとき、控訴人を解雇しようとしたのであるが、大阪地方部長は他の影響を考慮し、控訴人に反省を促し解雇辞令は一応同地方部に保留した。控訴人は、さらに、(2)の行為をしたので被控訴会社は控訴人に対し職員として順守すべき紀律を説き重ねて反省を求めたところ、控訴人は文書をもって謝罪したので、その反省の実を示すことを期待し再度処分を見合わせた。しかるに、控訴人はまたも(3)の行為をなし、遂に反省の色が認められなかったので、業務執行の円滑を期するうえにおいて控訴人を解雇せざるをえなかったのである、と述べた。

三、当裁判所は職権で控訴本人を尋問した。

理由

一、被控訴会社がミシンの製造販売業を営む株式会社であり、控訴人が昭和二九年二月被控訴会社姫路支店の集金人として採用され、昭和三〇年二月同支店職員として雇われ、次いで、昭和三二年三月同加古川支店に転勤し契約係を担当していたこと、ならびに被控訴会社が昭和三四年三月一〇日控訴人に同月三日付の「職を解く」との辞令を交付して控訴人を解雇したことは、いずれも当事者間に争がない。

二、≪証拠省略≫によると、被控訴会社の就業規則第五五条は「(ホ)会社の承認を得ないで会社内で集会演説をなし又は貼紙印刷物等の撒布をなし其の他社内の秩序を紊し不穏当なる言動をなした者」は即時懲戒解雇される旨規定していることが明らかである。

三、そこで、控訴人に右就業規則所定の解雇事由があるか否かを考察する。

(一)  ≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  被控訴会社は毎月各支店に責任販売台数を割当て各支店はその割当台数の消化につとめていたため、姫路支店においても従業員(契約係、販売員、集金人)に対する督励がきびしく、右従業員らは各自の業務実績の向上と給料(歩合金)の増額に腐心する結果、一部従業員の間に待遇問題や支店主任布本秀夫の部下従業員に対する担当地域の指定や補導方法をめぐって不平を醸し出していた。控訴人は昭和三一年四月頃別紙第一記載の被控訴会社宛「進言書」と題する書面を作成し、自ら主導してこれに従業員一〇数名の署名捺印を求めて被控訴会社に提出するとともに、同旨の文書をガリ版刷りにして被控訴会社の承認なく他の一部の支部従業員の間に配布した。しかしながら、右「進言書」に列挙してある諸事項のうち、大半は事実に即せず、前記支店主任の部下に対する些細な言動態度をとらえて同人を非難攻撃し、格別とりあぐべき程度にいたらない社内の紛議を歪曲誇張したもので、その実質は控訴人が中心となって煽動した前記一部不平分子の右支店主任に対する排斥運動とみるべきものであった。そこで、被控訴会社においてはその頃右「進言書」の提出に同調した姫路支店の販売員五名に対し販売業務の委任を解除する処置をとったが、同人らが謝罪したため右委任解除を撤回し、控訴人に対しても前記就業規則所定の懲戒事由に該当するものとしてその処分を考慮したところ、当時の被控訴会社大阪地方部長奥村穹のとりなしにより控訴人も自己の行動のゆき過ぎを認めて反省の態度を示したので、右処分を見合わすことになり、控訴人は昭和三二年三月前記のとおり加古川支店に転勤となって、右「進言書」をめぐる紛議は落着した。

(2)  控訴人は次いで右加古川支店に契約係として勤務中昭和三二年一一月頃別紙第二記載の「公開質問書」ならびに第三記載の「意見書」と題する文書を作成して被控訴会社々長に送付するとともに、被控訴会社に無断でこれと同一の文書を各支店に多数配布した。右文書記載の事実中、加古川支店主任と一顧客との男女関係に起因してミシン購入予約が取消された事実はあったけれども、そのため被控訴会社に右文書記載のような損害を生ぜしめた事実はなく、その他の記載事実にいたっては全く真実に反し単なる風評の域を出でないものであった。そこで、前記大阪地方部長奥村は控訴人に対し右文書の内容が事実に反することを告げてこのような言動につき厳重説諭するとともに、将来このような言動をくりかえすときは懲戒処分もやむをえない旨言い渡した。

しかるに、控訴人は昭和三三年一月再び前記同一文書を多数各支部従業員間に無断配布し、さらに同年二月下旬大阪地方部で開催された管下契約係の会議の席上、右文書記載の事実を発表して加古川支店主任を攻撃し、その際も右奥村地方部長より説諭された。

(3)  控訴人は平素自己の成績向上に腐心するのあまり、販売員、集金人らに対し過度の指導をなし、あるいは同人らの担当業務に立ち入ることがあって、同僚従業員の間で被控訴会社の業務通達の実施、集金補導員の補導方法をめぐって紛議を生ぜしめていたところ、偶々昭和三四年二月一九日大阪地方部の集金補導員宮下勝己が調査事務のため加古川支店に来店した際、同人と支店主任木下芳樹との対話の片言を誤解して、控訴人の業績が正当に評価されていないことの不満をぶちまけて右木下支店主任を語気鋭く非難した。控訴人は右支店主任との紛争の結果自己の成績が地方部に歪曲して報告されることをおそれ、その直後大阪地方部長宛に別紙第四記載の投書をしたが、右地方部長奥村が控訴人に対し右投書の内容につき説明を求めたうえ調査したところによれば、右投書中「破廉恥行状の事実」とは別紙第二の公開質問書ならびに第三の意見書に記載する加古川支店主任の女子職員に対する退職強要の事実(このような事実のなかったことは既に認定したとおりである。)を指し、「三四年一月八日西脇において暴力行為事実」とは、右支店主任が西脇市内某喫茶店で飲食中、偶々酔客に因縁をつけられ店外に避難したにすぎない事件を、あたかも右支店主任が暴行事件を起したかのごとく歪曲誇張したものであり、「社会的に差別的事実(現在告発す)」とは右支店主任が控訴人の前科をもらしたから告発するとの趣旨であった(右支店主任が控訴人の前科をもらしたとの事実を認むべき証拠はない。)。

≪証拠判断省略≫

(二)  ところで、前認定(1)の控訴人の「進言書」配布に関する行為は、前記懲戒事由に一応該当すると認められるけれども少くとも当時控訴人の謝罪によって被控訴会社も同人に対する懲戒処分を見合わしたものであり、かつ、右事件は本件解雇時からみて約三年前の問題で当時一応解決済のものと認められるので、被控訴会社において今更これを懲戒事由として取り上げることは相当でないというべきである。

しかしながら、前認定の(2)(3)の控訴人の文書の無断社内配布、投書その他の言動は、いずれも事実を歪曲誇張し、あるいは虚偽の事実に基いて上司を公然中傷非難し、その名誉信用を著しく毀損する虞れのある言動といわねばならない。控訴人は、被控訴会社における上司の社則違反その他の非行を匡正して社内の秩序維持をはかり、従業員の労働条件を改善する目的でした行為であると主張するが、控訴人がその主張のように被控訴会社に対しその業務通達の励行、集金人の増員等につき建設的な意見具申をなしていたとの事実を肯認するに足る証拠はなく、前掲甲第二四号証の五の供述記載中右認定に反する部分は原審証人奥村穹の証言にてらし採用できず、かえって、前認定の別紙第二ないし第四の文書の記載内容、表現ならびにその配布投書の方法、時期などを勘案すると、控訴人の右各行為はその主張の目的を著しく逸脱したもので、これが上司を非難中傷して、その名誉信用を毀損する虞れがあるものと認められる以上、右行為が就業規則にてらし被控訴会社からその責任を問われてもやむを得ない。

しからば、控訴人の前記(2)(3)の行為は、前記就業規則所定の「会社の承認を得ないで会社内で印刷物等の撒布をなしその他社内の秩序を紊し不穏当なる言動をなした」場合に該当すると認むべきである。

(三)  しかして、控訴人に対する右解雇事由は、その行動の動機、内容ならびにこれが上司の再三にわたる説諭にかかわらず累行された等前認定の諸般の事情にかんがみ、その情状において軽いものとはいえず、≪証拠省略≫を総合すれば、被控訴会社においては控訴人の将来を慮って前記所定の懲戒手続によらず通常解雇の処置をとったことが認められるから、被控訴会社のした本件解雇をもって控訴人の情状を酌量しない苛酷な処置であるとの控訴人の主張は理由がなく、また、被控訴会社が就業規則その他服務規定に違反する他の多数従業員の懲戒を不問に付し控訴人のみを懲戒した不公正な処分であるとの控訴人主張は、これを肯認するに足る証拠がない。

(四)  なお、控訴人は本件解雇をもって不当労働行為であると主張する。≪証拠省略≫を総合すると、控訴人は被控訴会社の従業員で組織するリッカーミシン株式会社労働組合の組合員であったことが認められるが、控訴人の前記(2)(3)の言動は、その目的、内容、方法からみても正当な組合活動と解することができないし、控訴人が平素活溌な組合活動をしていたことを認めるに足る資料もない。被控訴会社が右組合の活動を日頃嫌忌し抑圧する意図をもっていたとの≪証拠省略≫の供述記載部分は直ちに採用できず、他に控訴人主張のような被控訴会社の不当労働行為を推測させる諸事情を認むべき証拠はなく、前認定の控訴人に対する被控訴会社の解雇事由の存在をも照し合わせると、本件解雇をもって不当労働行為であると認めることはできない。また、控訴人は解職辞令交付のとき被控訴会社から解雇の理由が明示されなかったと主張するが、前認定のように本件解雇に解雇事由が存在する以上、これを明示しなかったからといって、解雇の効力に影響を及ぼすものではない。

以上判断したところによれば、本件解雇は被控訴会社の解雇権行使の正当な範囲に属するものであって、控訴人主張の解雇権濫用の主張はすべて理由がない。

四、そうすると、本件解雇の無効を前提とする控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は結局正当であるから、本件控訴は失当として棄却を免れない。

よって、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 熊野啓五郎 判事 斎藤平伍 朝田孝)

〈以下省略〉

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